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ハラパ初優勝のキーマンを探せ!  ゴンサレス監督の巻 

ハラパ初優勝のキーマンを探せ!シリーズ。
って、2人しか用意してないので、前・後編しかないですけれど。


前編はフリオ・セサル・ゴンサレス監督への突撃?インタビューの巻。


この監督、グアテマラでは、
かつてコバン・インペリアルを率いてリーグの決勝まで進んだことがあります。
残念ながらその時は優勝を逃しましたが、今回はハラパを率いて初優勝。
マスコミ相手にはいつも慎重なゴンサレス監督ですが、
今回の優勝の秘訣は?と聞かれてこう答えています。

「いろんな要素が交じり合っているね。
 でも何よりも、ワシのプロジェクトを信じ、擁護してくれた人の力が大きい。
 フロントや選手たち、最初は半信半疑やったけれど、
 少しずつ信じるようになってくれた。
 そりゃあ最初の頃は大変やった。
 新しいチームやったし、若手が多かったからね。
 最初の2試合は引き分けと敗戦で、出だしは悪かった。DFが悪かったな。
 だけど、ワシらは日ごとに成長し続けて、
 最後にはタイトルにまで手が届いた、ということだ」。


-このチームのサッカー哲学は?
「どんな監督でも、いいサッカーをしたい、と思ってるはず。
 だけど、いつもそれができるとは限らん。
 いい試合をできるようにするためには、人材が必要だ。
 ハラパは若いチームだったけれど、
 アドリアン・アペラニスやホルヘ・ドス・サントスみたいな
 いいキッカーもいたしな。
 でも、ライバルのお陰でもあるね、
 じゃなきゃ、そんな風にプレーすることはできん」。


「優勝したら、最高のチームだということはデータが示してくれる。
 でも、そこで栄光に酔いしれとる暇はないな。
 なんと言っても、今度は閉幕シーズンがある。
 どのチームも、うちのホームゲームでも勝ちにくるだろう」。


-若手をたくさん起用しましたね?
「誰かって、若かったことがあるだろう。
 若いもんには、手を貸してやる必要があるんだ。
 ワシが若かった頃には、手貸してもらったしな。
 もし、やる気と、意欲と、才能のある若い子がいたら、
 オマエさんだって、手貸してやらずにはいられんはずだよ。
 加えて、フロントがプロジェクトを信頼し、
 監督やコーチが短期・長期の目標に力を合わせれば、
 結果は自然とついてくるもんだ。
 短期で結果が出たんは良かったけれどな」。


「若手の持ってる力を、利用しない手はないさ。
 若手ってのは、どんな試合でも、
 思いがけんような力を発揮することがあるしな。
 監督として、また個人として、
 若手の成長に力を貸してやれたのは名誉なことだ。
 ハラパの選手がもっともっとU-23やA代表に選ばれることを期待してるよ。
 若い子にはチャンスが必要だ。
 ワシは若手に門戸を開いた監督として記憶に残れたらいいと思っとる」。


「監督に就任した時、ロッカールームで選手らに優勝するぞと言うたけれど、
 公の席では決して言わんかった。
 最初の年になるか、次の年になるか、わからんかったしね。
 でも決勝の前に話をしとった時、そのことを思い出してね。
 選手らに、今こそ栄光を勝ち取る時だ、と言ったよ。
 ワシらがスチから帰ってきた時、
 夜遅くだったにも関わらずハラパ中の人が出迎えてくれて、
 試合に勝てなかったことが恥ずかしく感じられるほどだった。
 皆に喜んでもらえて、本当に嬉しい」。


「優勝できたのは、全員が優勝できると信じてたから。
 試合を重ねるごとにチームも良くなってきてたし、
 反省して、ダメなところは修正してきた。
 最終戦の前半は良かったな。
 いつ得点できてもおかしくなかった。できなかったけれど。
 後半は苦しんだけど、
 良い、ウチらしいサッカーをできた時間もあったしな」。


「普通のチームは後ろから前へと作っていくもんだけれど、
 このハラパは前から後ろへと作っていったんや。
 だからこそ、32得点とスチとならんで最高だったんだろうな。
 失点も普段より多かったけれどね。
 修正して、失点を減らすことができて、
 段々バランスのいいチームになってきたんだよ」。


上記のインタのネタ元はこちらです。





一口プロフィール

名前: Julio César González
出身:モンテビデオ(ウルグアイ)
誕生日:1955年12月14日
選手時代のポジション:FW
監督デビュー:1985年、ウルグアイ代表監督

監督としての経歴
1999年 オリンピア(HON) リーグ優勝
2004年 ビクトリア(HON)、リーグ優勝
2007年 ハラパ(GUA)、リーグ優勝(開幕シーズン)
*ホンジュラス時代の経歴はイマイチ良くわかりません。
オリンピアで優勝経験があるのだけは事実みたいなんですけれど・・・。


*タグ/フリオ・ゴンサレス親分

コメント

http://www.goltv.tv/en_index.php?target=especiales/en_especiales-uncaf2007

ここを見ると1999、2000年とUNCAFチャンピオンズカップをオリンピアが
連覇していますね。これもゴンサレス監督の手腕によるものでしょうか。

>SHEさん

ゴンサレス監督の経歴を書くのに、いろいろ調べてみたんですが、
いつオリンピアの監督をしていた、というのがどうしてもわからなくて、
UNCAFの時も指揮していたのかどうか確信が持てません。

オリンピアのサイト、レアル・マドリーと試合したとか、
クラブW杯への参加権を得たけれど、大会が流れてしまった(だったか?)とか
過去の栄光に酔いしれる内容で、
そんなことだから勝てないんだよ!と思わずツッコミを入れてしまいました。

関係ありませんけれど、ホンジュラスのリーグの方、
マラトンがモタグアに勝って優勝を決めたそうです。

オリンピア、2001年はLAギャラクシーとの決勝に敗れて
準優勝でしたが、スポンサーの倒産で中止となってしまった
第2回世界クラブ選手権の出場権を得ていたのですね。

日本からはジュビロ磐田が参加予定で、現在でもその話が
出ることがあるので、オリンピアサポーターの気持ちは分かります。

ゴンサレス監督が直接関わっていたのか分かりませんでしたが、
1999年のリーグ優勝のメンバーが中心でしょうし、何よりクラブ側が
再び指揮を執ってほしいと願い出ることが評価の証ですよねえ。

マラトン優勝しましたか。完成度の高いモタグアを破るとは
さすがにホンジュラスのレベルは高いですね。

>SHEさん

ホンジュラスのリーグの優勝・準優勝チームが
監督の名前と共に掲載されているサイトを発見しました。
http://www.hondurasfutbol.com/Liga.html

いろいろ推測しますに
99年のシーズン途中から監督を引き受け、
99年のカップ戦かな?で優勝、
リーグ戦では99-00年の開幕、閉幕シーズンとも準優勝。

99年のUNCAFクラブ杯はゴンサレスが率いて優勝したそうです。

ゴンサレスが辞めた後はエドウィン・パボン監督が指揮を取り、
00-01年開幕シーズン優勝とUNCAFクラブ杯を決めたようですね。
CONCACAFチャンピオンズも同じ監督で勝ったんじゃないでしょうか・・・。

そっか、磐田もその時出場予定だったのですね。
今年は浦和が3位になりましたから、
サポーターとしては悔しさもつのるところでしょう。
オリンピアが出てたら、どんな試合になってたのかなぁ、
とちょっと思ったりはしますが、所詮、私にとってはちょっと他人事かも・・・。

とにかく、ゴンサレス横取りするのだけはやめてちょ。

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