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ロホス モンソンが監督に就任 

エンソ親分は昨日最後の練習に参加し、
「グアテを後にするんはものすごうさびしー
と大泣きしながら皆と最後(多分)の別れをして、
軽やかに去っていったのだとか。
明日にはもうサウジに向けて飛び立つそうです。


ロホスの服を着た、
赤鬼のような姿が見られなくなるのかと思うとちょっと寂しいなぁ。
サウジでも頑張ってね。


この突然の辞任劇、ロホスのフロントは
「ウチとこの監督が高い評価を受けるなんて、嬉しいね
と快くOKを出しております。
エンソ親分みたいに一時代を築いた監督って、
交代させる時期が難しいですから、
エンソ親分にも傷がつかないし、ロホスにとっては違約金も入るし、
案外両者にとっていい監督交代だったのかもしれません。


で、後任は誰になるか、と言うと、
エンソ親分の元でアシスタントコーチを務めていた
ビクトル・ウーゴ・モンソン(Víctor Hugo Monzón)
何しろもうプレシーズンも始まってるんで、
とにかく大急ぎで監督を決める必要もあったし、
エンソの路線を引き継げるから、この辺りでいいやろ!ってところ?


あまり詳しいデータがないんですが、現役時代のポジションはDF。
ロホスではもう9年間アシスタントコーチを務めている、という話なので、
恐らく10年くらい前までは現役だったのでは?
引退する時は、ロホスにいたようです。
あ、グアテマラ人です。
見た目も目立っていたエンソ親分と違って、グアテ人らしく地味系ですな。


という程度しか今のところデータがないので、
他にネタが入れば追加していこうかな、と。
しばらくはエンソ親分の遺産食い潰していけるでしょうが、
どんな試合を見せてくれることやら。
今シーズンの楽しみが、ちょっと増えました。


*タグ/エンソ親分 モンソン親分 ムニシパル(クラブ)

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ボリーヨ親分の事件簿 エンソ親分の変心 

八兵衛
「親分、てえへんだ、てえへんだ~!」


親 分
「なんや、八。
 ワシがカントクしとったエクアドルが
 メヒコに負けたっちゅう話やったらもう知っとるで。
 2004年のコパアメリカでワシがカントクしとってもGL敗退やったんに、
 ワシがおらんのやから負けるんはあたりまえやろうが」


八兵衛
「いやいや、その話じゃないんです。
 あっしらがここでのんびり忙しくしている間に、
 グアテの方では赤組(ロホス)のエンソ親分が
 いきなり突然辞任しちまったんですよ」


親 分
「なんやて~!?」


八兵衛
「ね、びっくりでしょ。
 なんでも、サウジアラビアのアル・シャバブってチームの
 カントクになるんだそうですよ」


親 分
(サウジやて。
 エンソの奴、うまいことやりよったわい。)

 なんでまた、あんな暑苦しいところ行くんや。
 アイツ、バイキングてあだなと違ったか。
 寒いところが好きなんかと思うとったがな」


八兵衛
「慣れないところで、カントクするんは大変でしょうね。
 でも、以前スイスでカントクされてましたっけ?」


親 分
「選手としても少しプレーしとったみたいやしな。
 バイキングってあだなの癖に、
 なんで海のないところに行くんかいなと思ったわ」


八兵衛
「それと比べれば、
 グアテマラは海があるからやりやすかったんですかね?
 赤組では2004年の10月からカントクして、
 それからいきなりリーグを5連勝、UNCAFも1回優勝ですもんね。
 2006-07年シーズンの閉幕シーズンこそは、
 決勝Tで惜しくもシェラフに負けて、6連勝はなりませんでしたけれど」


親 分
「まあ、確かにようやったな。
 審判に噛み付いて、よう退場にもなっとったけどな。
 (ワシはあんなみっともないマネはよーせんで)


八兵衛
「親分が56年生まれで、エンソ親分が53年生まれ。
 あちらさんはアルゼンチンでプレーしておられましたから、
 リベルタ杯なんかで親分と顔を合わせられたことがあるんと違いますか」


親 分
「そんな昔の話はよう覚えとらんが、
 エンソがFWでワシがDFやったから、
 蹴りの一発くらい見舞ってやったことあるかもしらんな」


八兵衛
「エンソ親分はマラドーナと一緒に
 82年のワールドカップにも行っておられますな」


親 分
(ありゃあエンソの手柄やのうて、マラドーナの手柄や。)
 ほんでもベンチ温めとっただけやろ」


八兵衛
「へぇ。そのようで。
 親分は、コロンビア代表になられて
 国際大会に参加されたことはありますが、
 W杯予選の時には呼ばれもしなかった・・・
 (あわわ、またいらんこと言ってもーた~)


親 分
(まったく、口のへらんヤツやな!)
 ほんでもワシはカントクで2回もW杯に行っとるで。
 南米の最優秀監督にも選ばれとるしな
 エンソはマラドーナに連れて行ってもらった82年の1回だけやろ」


八兵衛
「へえ、でも、同じクラブを同じ監督が率いて5連勝した、って記録は
 世界中探してもエンソ親分ともう一人しかいないそうですな。
 もちろん、ボリーヨ親分は救世主ですから、
 エンソ親分とは別格ですけれど
 (は~、フォローするのも疲れるわー


親 分
(赤組は札びらはたいて国内のいい選手買い集めとるから、勝つの簡単や)
 その通りや。ワシは世界に名前が知られとるけれど、
 エンソはせいぜいラテンアメリカ限定やろ。
 ま、サウジアラビアでしっかりやって、アジアでも顔覚えてもらえるとええな」


八兵衛
「赤組の後任の監督はまだ決まってないみたいで。
 アッシなんかどうでしょうかね?


親 分
「阿呆。お前に勤まるわけないがな。
 (ワシもエンソに頼み込んで、サウジアラビアの代表カントクに売りこもうかいな。
 グアテほど周囲もうるさーなさそーやし、
 金もうなっとりそーやしな


八兵衛
「やっぱり、ダメですか。
 (ちぇ、親分のマネしてみたかったのにな そいじゃ、あっし、またそこら辺回って、後任のこととか探って来ますわ」


親 分
(いっそのこと、ワシが後釜に座ってやろうかな)
 おう、気をつけてーな」




エンソ・トロセーロ(Enzo Trossero)(アルゼンチン)

1953年生まれ。
インデペンディエンテ、エストゥディアンテス、ナント(フランス)、トルーカ(メキシコ)、シオン(スイス)などでFWとして活躍(55ゴール)。


監督としてはアルゼンチンやスイスのクラブを率いたことがあるが、
2004年からグアテマラのムニシパルを率いて
リーグ5連勝(2004年開幕シーズン~2006年開幕シーズン)、
UNCAF優勝1回(2004年)の成績を収め、同クラブの黄金期を築いた。


ムニシパルでの通算成績は153試合89勝26敗38引き分け。
1試合平均のゴール数は2.02、被ゴール数は0.90。


*タグ/ボリーヨ親分 エンソ親分 ムニシパル(クラブ)

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