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ぷちニュース No.64 

violetセントルシアのご一行様到着

11日夜、グアテマラ入りしたそうです。


ところが。


何のロジもしてなかったって!?
ホテルの予約すらしてなかったっぽい。
急遽、FedeFutが手配したそうですが、
長旅の後、1時間くらい空港で待たされたそうでご苦労さん。
加えて「ウチの滞在費、オタクが持ってくれるんだよね?」ってか・・・。


いやいや、なかなかユニークですな。


そうして到着した選手は17人。
いずれもプロではなく、アマの選手だとか。
本日12日、カナダ在住の選手が2人ほどグアテマラ入りする予定なんだそうですが
「何時にどの便でつくのか不明」って・・・。


まだあります。
グアテマラ入りした後の練習予定とか、な~んにも立ててないんだそうです。
これもFedeFutが手配して、今日は国軍スタジアムで練習したそうですが。


いや、大胆不敵。
これってひょっとして、ウチ、舐められてるのかもね・・・?


violet一方、ウチの代表一行は

今日はマテオ・フローレスで本格的に練習してるらしい。
最近雨が多いので、こちらのピッチの状況もあまり思わしくないようですが。
それなのに、どうして雨の降りそうな20時開始なんでしょうね、この試合。


そんな中、マルビン・アビラがジョニー・フローレスとぶつかってケガ、
セントルシア戦には出られない模様。
どちらにしても先発で出ることはなかったと思われるので
あまり大きな影響はない・・・と思いたい。


violetで、その代表ユニ

10日の夜に、代表のスポンサーの一つであるトヨタさんの一室でお披露目が行われたそうです。
前回書いた青地に白いタスキって、セカンドユニだったんだそうです。


ファーストユニは白地に青のタスキ、パンツも白でサイドに青ライン。
こう書くと前回W杯予選のユニと変わらんじゃん、て気がするんですが、
前回のは水色だったのに対し、今回はもう少し濃い目の青であります。


写真はこちらで。


個人的には、ユニはどうでもいいですよ、勝ってさえくれれば。


violet移籍の話題とか

カルロス・フィゲロアがシェラフにお引っ越ししたのを受けて、
ロホスは「パッパちゃん、行かないで」。
パッパとレオン、実はレンタルでどっかに貸し出しされるんじゃないかという話だったんですが、
パッパは残留、レオンは現在レンタル先を探してる途中。
残るのはいいけれど、使ってもらえるかなぁ~。


一方、スチのウィルソン・ラリンはクレマ移籍が決定とか。
カンチェ・ロドリゲスの代わりを探していたのは知ってるけれど、
ラリンとはびっくり。
にしても若返りますね、クレマのDF陣。


もう1人かなりびっくりしたのはパティゴールこと
フェルナンド・パターソンの復帰。
コスタリカに帰国したまま、シェラフに帰ってこなかったパティちゃんでしたが、
今度はハラパ。もちろん、監督は元シェラフ監督のカルロス・フラード。
ハラパ、ルイス・ペドロ・モリーナが移籍するんじゃないかと言われているんですよね。
さて、どうなるんでしょ・・・。


*タグ/グアテマラ代表 マルコ・パッパ(選手) マヌエル・レオン(選手) ウィルソン・ラリン(選手) フェルナンド・パターソン(選手)

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ウィルソン・ラリン 

シーズンオフの間にやってまえ!の選手紹介シリーズ、
今回は、このシーズンからスチテペケスでCBとしてプレー、
U-23代表でもCBとして活躍したのみならず、
北京オリンピック中米予選のコスタリカ戦では先制ゴールも決めた
ウィルソン・クレメンテ・ラリン・サルバティエラ(Wilson Clemente Lalín Salvatierra)です。


出身はレタルレウ県レタルレウ市のカントン・パシャクで、
1985年5月3日生まれ。


父親のクレメンテ・ラリンは80年代にスチテペケス、
後にフベントゥ・レタルテカ(Juventud Retalteca、2部)でプレーしたことのある選手。
母方では、叔父のエドゥアルド・サルバティエラがレタルテカのMF、
同じく叔父のフランシスコ・サルバティエラもレタルテカのDFだったりと、
結構なサッカー一族の家系なのでありました。


とは言え。プロ選手になるまでの道は容易ではなかったようで。
9歳の頃、地元のスタジアムでレタルテカの試合がある時に球拾いなどしてたそうです。
その頃から夢は将来プロのサッカー選手になること。
「シェラフかスチテペケスでプレーできるといいな、と思ってた」。


そんなウィルソン少年が通りで球蹴りしているのを見て、
スカウトしたのがセグンダ(3部)のデポルティーボ・マキナのシレール監督。
これがどうやら2003年のことらしい。
マキナではFWとしてプレー、2004年にはセグンダの得点王にもなっています。


その活躍がプリメーラ(2部)のフベントゥ・レタルテカの
オルランド・ペラルタ監督の目に留まり、レタルテカに移籍。
CBにコンバートされたのはこの時のようです。


また2006-07年閉幕シーズン決勝シリーズ準決勝のUSAC戦を見た
ロドリーゴ・ケントンは、ラリンをU-23に招集。
U-23代表でもレギュラーでCBを任されるようになりますが、
元はFWだったラリン、しっかり2ゴールも決めていたりします。
(1つはホンジュラスとの親善試合、もう1つが前述のコスタリカ戦)
「コスタリカ戦でのゴールは、人生最高の瞬間だった。
 両手を挙げて祝い、子どもの頃と両親のことを思った。」


「経済的な面はあまり重要とは思ってないけれど、お金があれば嬉しいね。
 そしたら家を買って、誰かに貸すんだ。
 そしたら父ももうあまり働かなくていいからね」。
などとほろりとさせてくれる発言もあるラリンちゃん。
彼の母ディオス・ダ・エリサベスは、
ウィルソン少年が子どもの頃アメリカへ出かけ、
彼が19歳になった時に戻ってきたんだそうです。
というわけで、父となり母となってウィルソンと姉(妹?)を育ててきたのが
父のクレメンテ。
お父ちゃん思いな、好青年ですよねぇ~。


サッカー仲間では、同じくスチテペケスでプレーする
カルロス・カスティーヨが親友。
彼が恩師と呼ぶのは、ロドリーゴ・ケントンとガビーノ・ロマンの両監督だとか。
まだまだ成長を続け、
将来のグアテマラサッカーを担って欲しい選手の一人です。


ネタ元です Prensa Libre


*タグ/ウィルソン・ラリン(選手)

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